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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)436号 判決 1966年2月01日

上告人

高橋美子

右訴訟代理人

別府祐六

被上告人

オリオンタクシー株式会社

右代表者

中村美雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人別府祐六の上告理由第一点について。

所論一は、原審が仮処分の取消と仮処分の一時の停止とを混同しているというが、原判決の判示を正解しないことによる論である。所論は、仮処分異議事件の判決に至るまでこれを停止する旨の本件停止決定があつても、既に為された南慎一郎を代表取締役代行者に選任したことが取り消されることはないと論ずるが、原判決は、所論停止決定により南慎一郎の代表取締役代行者選任が取り消されたとは判示していないから、当該論旨は前提を欠き採用の限りでない。

なお所論は、原判決が本件仮処分の執行停止を適法有効と判断した点の非をいうものと解される。

しかし、取締役の職務執行停止、職務代行者選任の仮処分は民訴法の仮処分とは別異のものであつて本来民訴法の規定の適用の余地がないとする解釈は、当裁判所のとらないところである。

また、仮処分決定に対する異議申立のあつた場合、原則として、その執行停止は許されないが、ただ例外として、当該仮処分の内容が権利保全の範囲にとどまらず、その終局的満足を得させ、若しくはその執行により仮処分債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞のあるようなものである場合にのみ、民訴法五一二条の準用によつて、異議の裁判に至るまでの一時的応急措置としての執行停止が許されるとする昭和二五年九月二五日言渡大法廷決定(昭和二五年(ク)第四三号、民集四巻九号四三五頁)の法律解釈は、取締役の職務執行停止等の仮処分についてもあてはまるものというべきところ、原審の確定したところによれば、本件仮処分決定は、当該仮処分の効力の存続するかぎり、被上告会社の当時の代表取締役藤本紀一の職務執行を当然に停止するものとし、その代行者として選任された南慎一郎は該代表取締役が本来為しうべき職務執行の権限を当然取得し、その結果かかる代行者の為しまたは受ける行為のみが当該職務の適法な執行行為となるとするものであり、その他原審認定の諸事情に徴すれば、本件仮処分により、仮処分債務者たる藤本紀一に対し、少くとも従前の代表取締役として回復し難い損害を蒙らせる虞があると解せられる。よつて、本件仮処分についても民訴法五一二条の準用にその効力を停止する旨の決定をすることは適法有効であるとした原審の判断は、是認できる。

従つて、右停止決定の無効を前提とする所論は、すべて採用できない。

所論二は、原判決が本件仮処分の執行について示した法律解釈の誤りをいう。

しかし、原判決が、本件のごとき仮処分にあつては給付義務の強制的実現という狭義の執行はないから、仮処分異議事件の判決があるまで仮処分の執行を停止するとの決定における「執行」の意義は、広く「該仮処分の効力」と解すべく、従つて、右執行停止決定の趣旨は該仮処分の効力を停止するにあるとしたことは、首肯できる。よつて、右の点について、原判決に法律解釈の誤りがあるとする所論は、採用できない。

所論三は、原審が取締役職務代行者の職務の遂行と仮処分の執行とを混同していると唱え、民訴法五三一条に論及するが、右所論は原判決を正解しないことによるものであつて採用できない。所論の本旨は、本件仮処分の執行停止決定を有効とした原審判断を論難するにあると解されるが、この点についての原審判断が是認できることは、前示のとおりであるから、論旨はすべて採用できない。

所論は、本件執行停止決定が為されたのにかかわらず登記簿上その旨の登載がなされなかつたことを論拠として、そもそも本件仮処分に対する執行停止決定なるものは制度上許されないものであつて、何らの効力も生じないものであるというが、本件執行停止決定に基づく登記嘱託が受理されない等のためその旨の登載を見なかつたからといつて、右決定の違法無効をいわねばならないことはないから、所論は採用できない。

なお、論旨は、南慎一郎以下全取締役職務代行者の委任によつて本件裁判上の和解が成立した旨をもつて、右和解の有効を主張しているが、この点は、原審が確定した事実関係外のことをいうものであるから、上告理由として採用できない。

同第二点について。

本件仮処分については、仮処分債務者からの異議申立に基づく申請によつて前示執行停止決定がなされたほかに、更に同一裁判所において、南慎一郎の代行者解任の決定がなされていること、該解任決定に基づく登記嘱託により、本件仮処分決定によつて同人を職務代行者とする旨の登記の抹消登記が為されたこと、次いで右解任決定が抗告審で取り消され、該取消の決定に基づく登記嘱託により前記抹消登記の回復登記が為されたこと、および右回復登記の後に原告たる被上告会社の代表取締役職務代行者としての南慎一郎名義をもつて被告たる上告人同意のもとに本訴の取下書が第一審裁判所に提出されたことは、所論のとおりである。

しかし、右取下書提出の時期は、前示異議申立に基づき本件仮処分決定の取消判決が仮執行宣言付で為された以後であつて、南慎一郎は既に右取消判決により被上告会社の代表取締役職務代行者たる地位を失つていたものといわねばならないから、原審が右により訴取下の効果は生じないとした点には違法はない。所論解任決定の取消決定およびこれに基づく回復登記が存することは、右判断に何ら消長をきたさない。

また、所論は、右仮処分決定取消の判決は当該事件につき忌避申立を受けた裁判官がその忌避の裁判の確定前に為したものであるから無効であるというが、記録によれば、所論忌避申立はその後に、理由ないものとして排斥され、当該裁判は確定したことが明らかであるから、もはや所論判決の無効をいうに由ないものといわねばならない(昭和二七年(オ)第三九八号、同二九年一〇月二六日第三小法廷判決、民集八巻一〇号一九七九頁参照)。

従つて、右所論は、すべて採用できない。

その余の所論は、原審認定外の事実または独自の所見に基づくものであつて、採用の限りでない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

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